遺産分割前に預金を引き出す方法

遺産分割前でも、相続預金の仮払制度を使えば1金融機関あたり最大150万円を上限として引き出せます。葬儀費用や当面の生活費の確保に活用できる一方、相続放棄ができなくなるリスクもあるため注意が必要です。

◆ この記事でわかること

  1. 遺産分割前に預金を引き出す3つの合法的な方法と、それぞれの違い
  2. 仮払制度で引き出せる上限額の計算方法と必要書類
  3. 預金引き出しで「相続放棄ができなくなる」リスクと回避策

※本記事は司法書士法人やなぎ総合法務事務所が監修しています。最終更新日:2026年5月

目次

遺産分割前に預金は引き出せますか?

遺産分割前でも、3つの方法で被相続人(亡くなった方)の預金を引き出すことが可能です。被相続人が亡くなると、銀行は死亡の事実を知った時点で口座を凍結します。これは、相続人同士のトラブルや二重払いを防ぐためのルールです。しかし、葬儀費用や当面の生活費など、すぐにお金が必要になるケースは多くあります。

そこで2019年7月の相続法改正により、遺産分割が終わる前でも一定の金額を引き出せる「預貯金の仮払制度」が新設されました(民法909条の2)。

預金を引き出せる3つの方法

普通預金の取引明細が記帳された銀行の預金通帳とキャッシュカード

遺産分割協議を経ずに凍結口座から預金を引き出すには、以下の3つの方法があります。

方法概要上限・特徴
①預貯金の仮払制度金融機関の窓口で直接払戻し1金融機関あたり150万円が上限
②仮分割の仮処分家庭裁判所への申立て上限なし。一定の要件あり
③遺言書による相続遺言で指定された相続人が単独で引き出し上限なし。遺言書が必要

なぜ「凍結」されるのか

口座が凍結されるのは、相続人同士のトラブルを防ぐためです。たとえば一部の相続人が勝手に全額を引き出してしまうと、後から他の相続人との間で深刻な争いに発展します。金融機関にもよりますが、銀行は死亡の事実を把握すると、通常は相続手続きが完了するまで凍結します。

ただし、役所から銀行に死亡情報が自動で通知されるわけではありません。相続人や親族が銀行に届け出た時点で凍結されるのが一般的です。

仮払制度で引き出せる金額の上限はいくらですか?

仮払制度で引き出せる金額は、「相続開始時の預金額×1/3×法定相続分」の計算式で算出され、1金融機関あたり150万円が上限です。計算式は以下の通りです(民法909条の2)。

仮払制度の計算式
計算式相続開始時の預金額 × 1/3 × 各相続人の法定相続分
上限1つの金融機関につき150万円

具体的な計算例

たとえば、A銀行に600万円の預金があり、相続人が配偶者・長男・長女の3人だった場合、それぞれが単独で引き出せる金額は以下のようになります。

相続人法定相続分計算式引出可能額
配偶者1/2600万円×1/3×1/2100万円
長男1/4600万円×1/3×1/450万円
長女1/4600万円×1/3×1/450万円

複数の金融機関に口座がある場合は、金融機関ごとに150万円までの引き出しが可能です。たとえば3行に口座があれば、最大で1人450万円まで引き出せる計算になります。

【注意】

150万円の上限は「1金融機関ごと」です。同じ銀行の複数支店に口座がある場合は、合算して150万円が上限になります。

仮払制度と仮分割の仮処分はどう違いますか?

仮払制度は銀行窓口で完結する簡易な手続き、仮分割の仮処分は家庭裁判所への申立てが必要な制度です。引き出せる金額の上限と手続きの複雑さが大きく異なります。仮払制度で足りない金額が必要な場合や、より柔軟な対応が求められる場合は、仮分割の仮処分を利用する選択肢があります。

項目預貯金の仮払制度仮分割の仮処分
手続先金融機関の窓口家庭裁判所
上限額1金融機関150万円上限なし
必要期間1〜2週間程度1〜数ヶ月
費用目安戸籍取得実費のみ申立費用+弁護士費用
難易度比較的簡単要件が厳しい
主な用途葬儀費用・当面の生活費高額な債務弁済など

仮分割の仮処分が認められる3つの要件

家庭裁判所が仮分割の仮処分を認めるためには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。

STEP 1遺産分割の調停または審判が家庭裁判所に申し立てられていること

まず、家庭裁判所での遺産分割手続きが進行中であることが前提となります。

STEP 2預貯金の払戻しが必要と認められる事情があること

具体的には、相続債務の弁済や相続人の生活費・葬儀費用など、緊急性のある資金需要があると認められる必要があります。

STEP 3他の相続人の利益を害さないこと

他の相続人の取り分を不当に侵害しないことが条件です。

仮払制度を利用するために必要な書類は何ですか?

仮払制度の利用には、被相続人の戸籍一式・相続人全員の戸籍謄本・引出を希望する相続人の印鑑証明書など5種類の書類が最低限必要です。一般的には以下の書類が必要ですが、金融機関によっては追加書類を求められる場合もあるため、事前に取引銀行に確認することをおすすめします。

書類取得先備考
被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本(除籍謄本含む)本籍地の市区町村相続関係の確認に必要
相続人全員の戸籍謄本各相続人の本籍地現在の相続人を証明
引出を希望する相続人の印鑑証明書住所地の市区町村発行から3ヶ月以内のもの
被相続人の通帳・キャッシュカードご自宅口座番号の確認用
金融機関所定の払戻請求書各金融機関窓口で受取り・記入

手続きの流れ

STEP 1必要書類を市区町村役場で取得する

戸籍謄本の収集には1〜2週間かかることが一般的です。被相続人の本籍地が転籍を繰り返している場合は、より時間がかかります。

STEP 2金融機関に連絡し、所定の書類を受け取る

各金融機関で書式が異なるため、事前に電話で確認するとスムーズです。

STEP 3必要書類を揃えて金融機関の窓口に提出する

書類に不備があると差し戻されるため、念入りに確認してから提出します。

STEP 4審査後、指定口座に払戻し金額が振り込まれる

審査には1〜2週間ほどかかります。

【注意】

被相続人の戸籍収集は意外と時間がかかります。本籍地が複数の市区町村にまたがる場合は、すべての戸籍を取り寄せるまで1ヶ月以上かかることもあります。早めに準備を始めましょう。

預金を引き出すと相続放棄ができなくなりますか?

預金引き出しと相続放棄の関係

引き出しただけでは直ちに単純承認となるわけではなく、引き出したお金を生活費や私的な用途に使うと、相続放棄ができなくなる可能性が高いです。一方、葬儀費用など社会通念上相当な範囲での使用なら、原則として相続放棄に影響しません。社会通念上相当な範囲の葬儀費用であれば、一般的には単純承認に該当しないと考えられています。ただし、高額な葬儀・豪華な戒名・過度な法要費は社会通念上相当な範囲を超えている場合には争いになることがあります。

これは、預金の引き出しが「単純承認」(相続を全面的に受け入れたと見なされる行為)に該当するかどうかの問題です。

単純承認に該当する可能性が高いケース

  • 引き出した預金を相続人自身の生活費・娯楽費に使った
  • 自分の借金返済に充てた
  • 高額な物品の購入に使った

単純承認とみなされると、被相続人に借金があった場合でも相続放棄ができず、その借金を引き継ぐことになります。

単純承認に該当しないとされるケース

  • 葬儀費用(社会通念上相当な範囲)に充てた
  • 仏壇・墓石の購入費に充てた
  • 被相続人の医療費・入院費の支払いに使った

これらは「相続財産の処分」とは扱われないことが多いですが、過度に豪華な葬儀の場合は単純承認とみなされる判例もあります。判断に迷う場合は専門家に相談しましょう。

【注意】

被相続人に借金がある可能性がある場合は、預金引き出しを行う前に必ず司法書士・弁護士に相談してください。一度引き出してしまうと、後から相続放棄したくてもできなくなる恐れがあります。

遺言書がある場合は単独で預金を引き出せますか?

遺言書で特定の相続人が預金を相続すると指定されていれば、金融機関にもよりますが、仮払制度の上限(150万円)に縛られず、その相続人は単独で預金を全額引き出すことが可能なケースもあります。ただし、遺言書の種類と内容によって手続きが異なるため、事前の確認が必要です。

遺言書の種類金融機関での扱い備考
公正証書遺言原本そのままで手続き可能最も信頼性が高い
自筆証書遺言(法務局保管)原本そのままで手続き可能法務局の証明書が必要
自筆証書遺言(自宅保管)家庭裁判所の検認が必要検認後でないと無効

遺言執行者が指定されている場合

遺言書に「遺言執行者」が指定されている場合は、その執行者が単独で預金の払戻しや名義変更を行えます。相続人全員の同意を得る必要がないため、手続きがスムーズです。遺言執行者は、相続人の中から選ばれることもあれば、司法書士・弁護士など第三者の専門家が指定されることもあります。

ご相談事例

当事務所がこれまでに対応した案件から、代表的な2つのケースをご紹介します(個人が特定されないよう内容を一部変更しています)。

事例A|葬儀費用の支払いに困った妻のケース

【ご相談内容】

70代のAさん(女性)の夫が突然亡くなり、葬儀費用150万円の支払いが必要になりました。夫名義の口座は凍結されており、Aさん自身の貯金だけでは葬儀費用を賄えない状況でした。Aさんが当事務所にご相談されたのは、葬儀から1週間後のことです。

【対応結果】

仮払制度を利用すれば、夫の口座から100万円(夫の預金600万円×1/3×配偶者の法定相続分1/2)を単独で引き出せることをご説明しました。当事務所が戸籍収集を代行し、約3週間で無事に払戻しが完了しました。

事例B|兄弟間でトラブルになりかけたケース

【ご相談内容】

60代のBさん(男性)の母が亡くなった後、弟が母の口座から無断で200万円を引き出していたことが判明しました。弟は「葬儀費用に使った」と主張しましたが、領収書もなく、Bさんと姉妹は不信感を募らせていました。

【対応結果】

当事務所では、まず銀行に取引履歴を請求し、引出日時と金額を確認しました。そのうえで、遺産分割協議の際に、引き出された200万円を弟の取得分として計算に組み入れる形で全員の合意を得ることができました。「無断引き出し」は遺産分割を複雑にするため、必ず事前に他の相続人と相談することが重要です。

遺産分割前の預金引き出しに関するよくある質問

Q1. 遺産分割前に預金を引き出すと違法になりますか?

仮払制度や遺言書に基づいて適法な手続きで引き出せば違法ではありません。ただし、他の相続人に無断で全額を引き出した場合、不法行為や不当利得として損害賠償請求を受ける可能性があります。

Q2. 葬儀費用なら勝手に引き出しても問題ないですか?

社会通念上相当な範囲の葬儀費用であれば、原則として問題視されにくいです。ただし、領収書を必ず保管し、引き出した事実と使途を他の相続人に説明できるようにしておきましょう。

Q3. 仮払制度の利用に他の相続人の同意は必要ですか?

仮払制度は各相続人が単独で利用できるため、他の相続人の同意は不要です。ただし、後のトラブルを避けるため、引き出す前に他の相続人へ連絡しておくことをおすすめします。

Q4. ゆうちょ銀行でも仮払制度は使えますか?

ゆうちょ銀行を含むすべての金融機関で利用可能です。ゆうちょ銀行の場合は通常払戻金とは別の手続きとなり、必要書類も若干異なるため、事前に窓口で確認してください。

Q5. 仮払いを受けた金額は遺産分割でどう扱われますか?

仮払いで引き出した金額は、その相続人の取得分として遺産分割の対象に組み入れられます。後日の遺産分割協議で「すでに受け取った分」として精算されるイメージです。

Q6. 司法書士に依頼するとどんなメリットがありますか?

戸籍収集・必要書類の準備・銀行とのやりとりをすべて代行できるため、平日に銀行や役所に行く時間がない方には大きなメリットがあります。また、相続放棄手続きに必要な書類収集や申述書作成支援、遺産分割協議書の作成までトータルでサポートできます。

Q7. 150万円を超える金額が必要な場合はどうすればいいですか?

家庭裁判所への「仮分割の仮処分」の申立てを検討します。要件が厳しく時間もかかるため、司法書士・弁護士へ早めに相談されることをおすすめします。複数の金融機関に口座がある場合は、それぞれで仮払制度を利用する選択肢もあります。

相続人の一人が勝手に引き出した場合どうなる?

相続人の一人が無断で預金を引き出しても、そのお金が当然に自分のものになるわけではありません。遺産分割協議では「既に取得した財産」として精算対象になることが多く、場合によっては返還請求の対象となります。引き出した事実と使途を他の相続人に説明できない場合、トラブルが拡大するリスクがあるため、請求書や領収書を保管し、できるだけ早い段階で出金の事実を共有することが重要です。

まとめ|遺産分割前の預金引き出しは「仮払制度」を上手に活用

この記事のポイントをまとめます。

  • 遺産分割前でも、仮払制度・仮分割の仮処分・遺言書の3つの方法で預金引き出しが可能
  • 仮払制度の上限は1金融機関あたり150万円(計算式:預金額×1/3×法定相続分)
  • 引き出したお金を私的に使うと「単純承認」とみなされ、相続放棄ができなくなる可能性がある
  • 葬儀費用など社会通念上相当な範囲なら相続放棄への影響は限定的
  • 被相続人に借金がある可能性がある場合は、引き出し前に必ず専門家に相談する

遺産分割前の預金引き出しは、葬儀費用や生活費の確保に有効な手段です。一方で、引き出しのタイミングや使途を誤ると相続放棄ができなくなるリスクがあります。仮払制度を利用する前に、被相続人の借入状況と相続人全員の意向を確認し、早めに専門家へご相談ください。

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著者情報

代表 柳本 良太

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    <資格>

  • 2004年 宅地建物取引主任者試験合格
  • 2009年 貸金業務取扱主任者試験合格
  • 2009年 司法書士試験合格
  • 2010年 行政書士試験合格
司法書士法人やなぎ総合法務事務所運営の相続・家族信託相談所